2015/12/02

中華伝承医学会研修会2015・11によせて

 朝9時半からの気口九道脈診の練習会とそれに続く内外脈診には、初級、中級の会員が多数参加。この脈診を自分のものにしようとする熱気がいつも感じられます。講師の時山先生は、わがベーネ南船場治療院の有能なスタッフであります。

 1時からの初級気口九道脈診は、大橋先生とわたしが共同でテキストにはない切り口、動きの中から各経絡の経筋を実感したりイメージできるように工夫した内容になっています。

 2時からの脈状診では、これからやってくる寒季の特徴である沈脈について。初めて聞く人も、何度も聞いている人も初心にもどって受講していました。

 3時からは、六合補益の配穴について。本邦初公開、人体のシステムと配穴の関係をわかりやすく教えてくれました。のどから手が出るほど欲しい内容。この日参加した人たちはラッキーでしたね。

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2015/03/02

地域に根ざす

 2月は28日まで。目まぐるしい一週間でした。

 新しい物件を見にいきました。今のベーネ治療院が11年目に入り、古く手狭に感じていたところでした。紹介してもらったビルは、これまでより心斎橋駅寄りで心斎橋商店街に面している9階建ての4階部分。窓も大きく一目で気に入りました。

 気になることは、大手美容室が先約していること。

 競合に入ることになりました。

 小さな治療院のわたしたちに勝機はあるのでしょうか?ずい分心配しました。

 オーナー会議でわたしたちが承認されたと聞き及びほっとしたのもつかの間、今の治療室の家主に解約を連絡し、文書で通知。新しい物件の保証金の振込みと契約書の作成。印鑑証明と住民票を役所に取りに行くなど2日間で仕事をしながらこなしました。2月は28日まで、がとても恨めしかったです。

 「どうして私ども選んでいただけたのでしょうか?」

 契約の日、わたしはオーナーにこう聞きました。

 「おたくは、近所の評判が良いと聞いています。商店街を盛り上げてくれるところに貸そうと思いました」

 この10年の年月は、地域に根ざしているという意識はありませんでした。近所の住所の人は、絶対に治すこと、と緊張を持って治療してきたことが良かったのでしょうか?初めて聞く近所の評判に、驚きとうれしさと、戒めが混じった複雑な気持ちになりました。

 あと10年、この地域に根ざし、はり治療を続けていきたいと思います。患者の皆様よろしくお願いいたします。
 

 

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2014/10/26

開院10周年お礼

 ベーネ南船場治療院は、開院10周年をむかえました。Img_2553


 ひとえに患者さまのお引き立てにより治療活動を続けてくることができました。この場をかりてお礼を申し上げる次第です。今後なお一層のはり治療の技術の研鑽に励んでいく所存でございます。

 わたしたちは、肩こり、腰痛治療だけではなく、女性に優しい、冷え性、生理不順、疲労性症候群、子宝のはりなどを得意科目としております。ご自分へのご褒美に、また仕事や生活でのお疲れに、はり治療にておからだをリフレッシュしてみてはいかがでしょうか?

                                    ベーネ南船場治療院  院長   陳秀香

                                                 

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2011/05/05

 大黒柱が倒れました。救急車で緊急入院。

 沖縄の大学院に行っている長女が夕方ごろ駆けつけてくれました。ICU室で、家族6人顔を合わせました。緊迫した雰囲気。看護士さんがせわしく行き交います。

 帰宅しました。ぽっかりあいた空間。6-7時間前まで使っていた品。時間はリセットできない。長男と長女が気丈にふるまい、義母はおろおろ。16歳の次女は、異常にハイテンション。沈黙の私。

 それぞれの思いが交錯する中、危うい中にも家族の絆がかいま見られました。今自分にできることは何か?優先すべきことは何か?柱に寄りかかって生活していた姿勢が一変。これからは、柱を支えていくことになりました。一緒にいるだけで、危うい思いを共有している安心感。何度も壊れそうになるところを救われました。

 子供たちの自立が一気にすすみました。

 

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2009/02/24

家族写真 2

 「この写真すごい、毛が増えている」 うれしそうに主人が言いました。

 長女の成人式に合わせて家族写真を撮りました。一ヶ月を過ぎてやっと出来上がってきました。家族6人が着物姿の長女を囲んで写っています。じっと写真を見ていた主人の驚きと感動の一声でした。

 どんな写真でもまず自分を一番に見るものです。50歳をすぎた主人は髪の毛が少なくなっているのを気にしているこのごろでした。私は唇と頬の赤みが加えられ顔色が良く見えました。長時間着物姿でお疲れの長女の頬は桃色でとても映えて見えました。86歳のおばあちゃんはしわが目立ちません。嫌々参加した長男は、昨日の夜更かしで顔色があまり冴えません。一番年下の次女は小麦色の肌。現役の陸上部そのまま。

 事情を知らない写真屋さんは、6人それぞれの雰囲気と全体のバランスを考えながら一筆二筆と書き加えていったものと想像します。程よい修正は写してもらった全員を実際以上によくみせてくれいい家族写真ができました。デジタルカメラとはひと味異なる写真館の写真は、20年たってもその時のそれぞれの思いを伝えてくれることでしょう。

 

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2009/02/10

テレビ放映されました

 テレビ用の大きなカメラがこちらを向いています。ライトが眩しいなぁ。 「はいどうぞ」

 書くことは得意でも、カメラのレンズに向かうとなると話は別。簡単な文章が言えない自分がそこにいました。声はぎこちなく、言葉はとぎれてNG 。

 こつこつ書き続けていたベーネ南船場治療院ブログの文章の内容を見て、NHKわかやまから出演依頼を受けました。前日からのヘャーチェンジに始まり当日の念入りのお化粧、そして治療の合間の本番でとても疲れました。はり治療をしている方がどれだけ楽かしれません。

 2月4日 NHK和歌山放送局制作「わかやまNewsウェーブ」の「特捜なるほどリサーチ社」の湯たんぽの効用を治療家の立場から話しました。

 大阪では放映されないので和歌山の友人にDVDを送ってもらいました。テレビに映る自分の姿。うれしいやら恥ずかしいやら。いつも鏡で見ている自分とかけ離れた映像。若々しくありたいと願うのに反して年相応に映し出されています。自分の別の顔を見たようで不思議な気持ちになりました。そして、患者さんはいつもベッドからその別の顔を見ているのを改めて知りました。

 

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2009/01/21

イメージチェンジ

 鏡に映る上気した自分の顔。つーんとしたパーマ液のにおい。カラーリングとタオルにくるまれてがまんの3時間。

 テレビの取材と結婚式出席を数日後にひかえ美容院に。代わり映えしない10年越しのショートカットをなんとかしてもらうため大寒の薄暗い午後パーマをかけにいきました。

 鏡の中の自分は年相応の姿か?。少しでも若々しくイメージチェンジできたらなぁと心の中で期待。日頃、外見より中身の健康を口にしているのですが、今日は美容師さん頼みとなりました。鍼灸治療は不老長生、現代風に言うとアンチエイジングを目標としています。お肌の張り、黒い豊かな髪、耳目聡明、足腰壮健。永遠の若さを求めて中国の秦の始皇帝は不老不死の薬を探しにいかせたほどです。

  体の中は鍼灸治療で、そして外見は素直にまかせて正解。何事でもうっとうしいと思ったら、外から自分を変えてみてください。うっとうしいと思ったら、中から体調を変えてみてください。

 髪型を変えただけで寒い日のモチベーションは上がりました。後は、立春を待つばかりです。

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2009/01/06

家族写真

 「お父さん、肩をこちらに向けて頭を真っ直ぐにして下さい。お母さんは顔をもう少し右に向けて下さい。足元まで写りますから気をつけて。今日は娘さんが主役ですから。」

 写真館で家族写真を撮りました。成人式の振り袖をきた長女を中心に家族6人が並びました。写りたくないと嫌がる長男。恥ずかしがる次女。84歳のおばあちゃんは緊張しています。

 大きなレンズがこちらを向く。ライトが一斉に点灯すると6人とも肩に力がはいったようです。カメラマンがピントを合わせレンズを覗きながら私たちに一人一人に指示を出しました。不自然な姿勢、こわばった表情、頭の傾き、手の位置、膝が割れているなど。全員の呼吸はなかなか揃いません。

 カメラのレンズを見つめ力を抜きながらポーズを取り続ける。シャッターをきるその一瞬に意識を集中する。初めての家族の共同作業。子供は成長するにつれ自立心旺盛になり社会に出て行く準備をします。家族の絆はともすれば忘れられてしまいがちになります。ばらばらになりかかっていた我が家の絆をつなぎ止めるような小さな共同作業でした。

 十年後、二十年後にこれを見たときに、大人になった子供たちは両親がどういう思いで家族写真を写したのかを考えてくれるでしょうか?

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2008/12/10

太陽の塔

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 太陽の塔。真ん中のすねたような丸い顔、頂部の黄金の顔、白い腕を左右に広げて悠然と大地にひとりたたずむ。

 大阪、千里の万博記念公園に行ってきました。忘れていた38年の記憶がふいによみがえってきました。1970年、確かに太陽の塔をこの目で見ていたはず。まだ自分が何をしたいのか?どんな方向に進みたいのか?暗中模索中でした。この後、日本は高度経済成長をとげバブル絶頂期と崩壊の道をたどることになります。私は、大学進学と鍼灸専門学校との昼夜通学生活。そして、住み込みの内弟子修行、病院勤務、結婚、開業、出産、仕事と子育て、現在進行中。

 太陽の塔には4つの顔があることをこのたび初めて知りました。直径20メートルある正面の丸い顔は、現在の顔。頂部黄金の顔は未来の顔。背面の黒い顔は過去の顔。地下には「地底の顔」。これは万博後に行方不明。

 過去、現在、未来、は何時から始まり何時までも終わりはなく連綿と続いています。作者岡本太郎さんの思惑なのかどうかわかりませんが初めて見たときから今までのつたない自己の歩みを瞬時に思い起こすことができました。38年の年月は記憶の中では一瞬でしたが、塔の白いコンクリート壁は修復を重ねるも所々苔むしています。同じように、青年老いやすく学成り難しの感。

 「こんにちは、こんにちは、世界の国から」を知らない年代が増えました。ひとり孤高の人のようにたたずむ太陽の塔。その周りにかつて世界中のたくさんの人が集まっていました。茫々とした平日の昼下がり、人の姿は無く、自分の心と向き合うのに十分過ぎる時間を過ごしました。

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2008/10/04

何もない 沖縄 勝連城

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 何もない。石積みの城壁に吹きわたる風。青い海、青い空。

 勝連城は沖縄中部、うるま市にあります。2000年琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産に登録されました。13-14世紀頃東アジアを中心に海外貿易を盛んに行って栄えました。最後の城主阿麻和利 あまわり は、琉球統一を図るもクーデター失敗。1458年に琉球王府に滅ぼされました。

 石の城壁に仕切られた最上階の一の郭に上ってみました。標高100m、中城湾、与勝半島が見晴らせます。かつての城主もまた、荘厳な楼閣上から私と同じ風景をみていたことでしょう。国のこと、一族のこと、愛する人のこと、自分に従う民のこと、作物の実り、天候などを考えながら。城に仕える多くの人たちのざわめき、彼らの大きなエネルギーをよりどころとしながら、琉球統一に向けて思いをめぐらせていたのでしょうか。軍馬のいななき、女子供の悲鳴、敗戦の将の末路哀れ。

 何もない。空が晴れ渡っているときは、海の青さがそれに呼応し往時の賑わいがしのばれます。吹く風はたちまちのうちに幻影をかき消します。熱い思いも苦悩もそして大切な命さえもの地上から消え去っていきました。

 大阪から来て、何もない思いはとても新鮮でした。心が重くなったら、勝連城での吹きわたる風を頭にイメージしょうと思いました。
 

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