2014/12/22

家族写真

 12月22日は冬至。冬がやってきました。すでになんども寒波を経験していると、冬至から先がどんなに寒いか思いやられます。

 昨日は、次女の成人式の前撮り撮影の日でした。あわ合わせて家族写真を撮りました。

 長女、そして長男から5年後の昨日、3度目の家族写真。紺地に花柄を散らした振袖の娘がにこやかに座る。車椅子の主人が固まって座る。後ろに残りの4人。フラッシュが光るたびにわたしの顔はこわばり、めでたい場所での意のままに動かない顔の表情筋をうらめしく思いました。慣れない撮影機器の中で、嫣然と微笑む新成人となる娘。いまどきの娘はカメラにそんなに慣れているのか?

 デジタルカメラで撮られた写真画像をパソコン上で見比べてみると、予想どうりの結果。娘以外こわばる面々。消去法によりベストの1枚選ぶ際、主役はあなたなのだからと、皆が目を閉じていない条件で、娘が一番晴れやかに写っているものを選びました。

 一家6人が万障繰り合わせてこの日この時一同にに会し得たことに感謝です。そして、家族のこれまでとこれからの間に心に残る思い出が一つ増えました。

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2013/05/12

空が見えない

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 「地下鉄はゴーっと鳴って気分がわるいし空が見えない」 

 今年4月からフレッシャーになった長女はポツリと言いました。職場に向かう交通手段に地下鉄に乗るかJRにするか決めかねています。地下鉄の方が10分以上早く着くのに「空が見えない」と。

 沖縄の大学に6年過ごした彼女の感覚はきっと正常なのでしょう。遠くに旅行に行った後、大阪駅に帰って来た時に陥るギャップのそれと同じなのかもしれません。空気が澄み青い空青い海、ゆったりとした沖縄タイム。この一ヶ月、新人研修から始まり新規開店準備のため帰宅は最終電車。疲れて乗り越したことも数回。

 日に日に元気が無くなっていく長女に「休みの日にはり治療をうけに来なさい」と言ってあげることしかできません。ベーネ治療院に来る先輩OLさん達が体調管理のため、週一か2週一の間隔ではり治療をうけに来られる意味がわかる気がしました。

 ずっと都会に住み続けているわたしには「空が見えない」と言う言葉がとても新鮮に聞こえました。よい所は無くさないで、自分を取り戻すのに時間がかかりそうだとも思いました。

 

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2013/03/24

水面  識名園 沖縄

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 南風がそよぐ水面。白いさざなみが縦横無尽に遊びまわる。

 難渋の末やっと識名園の池のほとりまでたどりつけました。車椅子二人旅。沖縄。識名園。

 識名園は、琉球王家最大の別邸。国王一家の保養や外国使臣の接待に使われ、テレビドラマ「テンペスト」の中にも美しい風景が映しだされていました。 

 最初に、案内係の人に「庭園までの道のりを考えると、車椅子ではおすすめできない」と言われました。前日の雨、砂利道。すべる石畳。バリアフリーの真反対の道のり。わたしだけでの操作ははじめの20メートルも進まず、庭園管理のおじさんに助けられてやっとたどり着きました。

 王様は、この角度から庭園をごらんになっておられた話。晴れた日は、水面に建物がそのまま映し出されて美しいという。きれいに刈られた芝生は、一雨毎に伸びる雑草取りが大変なことなどを聞きました。

 しばしの風景、王と妃の気分。

 帰り道も難渋。車椅子を押してくれたおじさんには、また汗びっしょりかかせてしまいました。お世話になりました。

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2013/03/01

おかえり

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 6年前に卵料理だけを教えて沖縄の大学に行かせた長女が、大学院を卒業して帰ってきます。青い海、青い空、あふれる太陽という環境から生みだされた作品。大橋天嘉 個展が本日から心斎橋にて開催されます。


        大 橋 天 嘉  個展  
        Soraka Ohasi Exihibition

     「SORAKA」の陶器とインスタレーション

 

       2013  3・1金 - 3・6水

 
            タピエスタイル

      大阪市中央区南船場4-4-17 B1

      地下鉄心斎橋3番出口より北西へ徒歩3分

       06 4963 7450


 疲れた時に本物の芸術に触れることは、一服の清涼剤となります。美術館へ行くのもよし、コンサートに行くのもいい。ゆるい時間に身を任せることもたまに良いかもしれません。

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2012/04/16

進路

 新学期、高3になった次女の三者懇談に行ってきました。

 進学か就職か?専門学校に行くか就職するか微妙な路線に揺れています。昨年の東日本大震災の影響で高卒の採用は狭き門とのこと。専門学校も自分が何をしたいか?を良く考ええらばないといけないと担任から言われました。

 私は、40年前の自分のことを思い出しました。大学と鍼灸専門学校のWスクール。鍼灸専門学校は当時は流行らず地味な学校でした。ちょうど日中国交正常化により少しずつ周知されてきたところです。入学当初は古臭い鍼灸なるものの意味がまったく理解できずにいました。鍼灸師の免許取得以来、年を経るごとにその魅力にはまって現在に至ります。

 高校の時点で何になりたいか?がわかって進路を決められる人は幸せです。漠然としてそれを見つけに大学や専門学校に行く人も多いと思います。

 自分の娘の心のうちはわかりません。たくさんの選択肢の中から選んで欲しいと思います。途中での進路変更にも対応できるように私の頭を柔軟にしておかないとと思いました。刻々と変化する社会情勢、日進月歩する電子機器、、多種多様の職業の中から一つ選ぶのは難しいことですね。

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2012/04/09

ブタのいた教室

 あなたならそのブタを食べますか?

 2008年にロードショウされた 「ブタのいた教室」という映画を見ました。妻夫木聡扮する新任教師と小学6年2組の子供たちが、ブタを学校で飼育しながら「食」と「命」について考えます。これは実際にあった話です。

 先生が連れてきたブタのPちゃんは、かわいいけれどくさいし世話がかかります。初めは嫌がっていた子も、
一緒に遊んだりえさをやったりするうちに、クラスになくてはならない存在になっていきました。卒業式をひかえ、Pちゃんをどうするか?にクラスはまっ二つに分かれました。100キロを超えるくらい成長したPちゃんを食べる。下級生に世話を頼んで卒業する。

 Pちゃんの役目は、人においしく食べてもらうために生まれてきた。

 Pちゃん長生きして欲しい。

 Pちゃんを食べることによって、その栄養が自分たちの皮膚や細胞になる。食べても絶対忘れることはない。

 子供たち同士の意見のぶつかりあいが印象的でした。食べる、食べないの結論を出すことがこの授業の真意ではありません。子供たちが命に真剣に向き合ったことが何よりの収穫となったようです。6年2組の最後の一票は、担任が屠殺場に送る、でした。

 スーパーのブタ肉売り場。ミンチ、スライス、ブロックの塊、酢豚用、細切れ、とんかつ用、スペアリブ、豚足、ミミガー、ブタの角煮用、ベーコンと並んでいます。これらすべてを合わせてもPちゃんを想像することはできません。都会に住んでいる私たちは、ブタという命あるものを、切り刻まれたスーパーのパック詰めと錯覚してしまいがちです。

 ブタのいた教室の子供たちは、Pちゃんを触った手の感触と最後の結末を、一生忘れられないでしょう。映画を見た私たちは、「あなたならそのブタを食べますか?」という問いにどう答えるのでしょうか?
 

 

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2012/03/26

幸せな子  アウシュビッツを一人で生き抜いた少年

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 アウシュビッツを一人で生き抜いた少年とはどういう少年だろうと思いました。

 「 A Lucky Child 」 トーマス,バーゲンソール著 朝日新聞出版 を読みました。トミーはポーランド系ユダヤ人。アウシュビッツからザクセンハウゼン強制収容所への死の行進の後、1945年ソ連軍に解放されました。わずか10歳、日本の小学4年生の年齢です。当時、役に立たない子供たちは皆殺しされ、生き残るのは奇跡に近いことでした。トミー5歳の年、ドイツ軍のポーランド侵攻により強制収容所生活が始まりました。

 飢えと病魔、凍りつくポーランドの冬、両親との別れ、死の選抜、子供の虐殺、死の行進、そして解放にいたるまでの5年間は、筆舌しがたいものがありました。 Lucky が意味するものは、しあわせ、運がいい、要領がいいことを連想します。なんども死に直面し、常に死と隣り合わせの日々の中で、10歳に満たないトミーは、生きる、生き延びることに勘と知恵をしぼります。生命力があふれていたことも一因だっただろうと思います。たくさんのLuckyと多くの人々の手助けにより命を救われることがなんどもありました。

 多くの絶望と困難の中、強制収容所内外の大人に混じった小さいトミーは、天使と呼ばれていたといいます。絶望の中の特別な存在は、すさんだ大人たちの生きる希望になっていったのかもしれません。

 2008年現在、トーマス、バーゲンソール氏は、国際司法裁判所判事となり国際人権問題の専門家として活躍しています。悲劇の中に身を置いた彼だからこそ、この仕事に魅せられたのだと思います。法律を強化して、ナチがユダヤ人にあたえたような悲劇から人々を救いたい、彼の言葉に、彼の人生の暗部と未来の希望の両方を感じ取りました。


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2011/12/31

クリスマスの約束

 「この日のこと」という曲からコンサートが始まりました。12月25日の夜。「クリスマスの約束」というドラマチックなタイトルから、昨年よりチャンネルを回して2度めのクリスマス。

 歌手の小田和正さんが主体になって、当代の実力派歌手が自分の持ち歌をメドレーで歌い継いでいきます。一人ひとりが歌うとき、あとのメンバーは、歌に合わせて歌を盛り上げるべくセッション形式で参入して歌っていくのです。

 今年は、40数人の歌手が参加。11月の初旬からこの日までオファーを受けた人たちは、忙しいスケジュールの合間をぬって練習に駆けつけました。総練習時間130時間。

 一流のプロのアーティストの130時間の練習風景。コンサート後、この映像をみて感激もひとしお。「練習は、人を裏切らない。」の言葉どうりでした。
 

 総演奏時間28分58秒の「クリスマスの約束は」、この時間だけでも小さな幸せでありますようにと言うコンセプトでした。総立ちにになって聞き入る観客たち。きらきらした目。潤んだ目。興奮のるつぼ。今年も約束を違えぬすばらしい出来でした。

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2011/11/07

紅玉ジャム

 紅玉ジャムを作りました。家中漂う甘酸っぱい香り。久しく忘れていた開放感、ほんのりした幸せなきもち。

 紅玉1キログラムは、皮をむいていちょう切り、なべに水100ccといっしょにやわらかくなるまで煮ます。砂糖500グラムを数回に分けて煮詰めます。りんごの触感がほしいときは、サイコロ状に切ったものを後で入れます。

 ふたつきのガラス瓶を洗って、たっぷりの湯で煮沸消毒したものを乾かしておきます。ジャムが熱いうちに瓶につめてさまして出来上がり。

 紅玉をむいた皮は、家に残っていたダージリン紅茶を使ってアップルティーにしました。

 学校から帰ってきた息子にジャムができたことを伝えました。「ジャムだけ?アップルパイじゃないの?」でジャムのは話は終わりました。

 こどもが小さい頃は、よくアップルパイを作っていました。まだ、心の余裕があのころの様にもどっていないのを感じました。秋の半日休暇は、甘酸っぱい香りの中で、さまざまなことを思い出すことになりました。

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2011/06/09

絆 6 無くしたものと残されたもの

 覆水盆に返らず。入れ物をひっくり返してこぼした水は、もとのお盆の中には戻せません。大きな病気にかかって倒れてしまったら?

 目を開いてくれてありがとう。息をしてくれてありがとう。動ける手足があってありがとう。温かく見守る人たちがいてありがとう。プラス思考で考えることが出来るときは心が安定しています。

 あれも出来ない、これも出来ないと落ち込むと重症。心の安定と不安定はやっかいなことに交互にやってきます。不安や恐れは睡眠不足となり腎虚に発展します。腰痛が出てきたら要注意。考えすぎると神経が高ぶり口中が荒れ異常な食欲とそれに続く口内炎やあくちが切れたり、舌をかんだりします。

 この1ヶ月は、以上の繰り返しでした。こぼれた水は元に戻りません。無くしたものは戻らなくても、残されたものをつなぎ合わせる可能性にかけてみょうと思いました。

 重要なことをわすれていました。何よりも倒れた本人の元気になりたい気持ちがあってありがとうです。 

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