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2018/07/13

豪雨災害と伝説の時代 舜帝

 大雨がもたらした西日本一帯の豪雨災害は、未曾有の大災害となりました。亡くなられた方々のご冥福と未だ安否のわからない方たちの一日も早い発見を願ってやみません。

 被害に遭われた皆様と紙一重の差で害を免れたわたしたち。大雨の脅威は、未明の雨音で目を覚ますくらい激しいものでした。

 中国の伝説の時代、(三皇五帝の時代)、中国でも黄河や揚子江が何度も大雨と洪水で氾濫を繰り返しました。伝説の時代の尭(ぎょう)は、舜に位を譲り、国は更に栄えたといわれています。しかし、黄河や揚子江の氾濫の際には治水工事がうまくいかず、舜は水を制することはできないといわれました。次のう帝の時代は、よく治水はできたとされています。

 そんな時代を経て、はり治療が確立されていきます。人のからだの経絡(気、血、水のエネルギーが流れるたてラインの流れ)を中国の12本の川に見立てました。川は、溢れたりつまったりするので、奇経(きけい)八脈という八本のため池をかねた流れをみつけました。12本の経絡からあふれでた川の要、不要のエネルギーを一時的にため池などに溜めて常に12本の気、血、水のエネルギーを調節します。その流れは、12本の川をまたぎ、斜めにはしったり、すべてを横に束ねたり。

 便利な奇経を使うと、ゴチァゴチァに絡んで溢れていたものさっと整います。

 舜帝が成し遂げることが難しかった治水工事。形を変え時代を超えて、はり治療の中で志が生きているという不思議を感じます。

 古来、黄河、揚子江の氾濫の記憶から、文明の進んだ現代、この西日本豪雨災害を、貴重な記録と経験を未来に残していって欲しいと思いました。現代文明の叡智からも、自然災害を最小限に止めることができませんでした。今回は異常気象も働いていると思いますが、いにしえの昔の舜帝の気苦労も相当だったでしょうか?

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