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2016/11/30

バレエ 「人魚姫」

 デンマークのコペンハーゲンにある人魚姫の像。その写真を見るたびに、アンデルセン童話の「人魚姫」を思い出します。

 地主薫バレエ団公演「人魚姫」を観にいきました。

 開幕前、全幕をどのように描き振り付けするのか楽しみにしておりました。人魚?海の中?魔女?考えれば考えるほどに想像がふくらみました。

 海の中。ブロンドの長い髪の人魚姫、5人の長い髪の姉たち、赤いロブスター、グレーのヒトデ、緑色のかめ、ホワイトシルバーの真珠、真珠貝、青いとびうお、赤いさんごに透き通ったくらげ。色彩豊かで愉快な魚たちの踊りに目をうばわれました。海の王を中心にわいわいガヤガヤ。それぞれ一目でそれとわかる衣装と振り付け。楽しく子供たちと観客を引き込む心にくい演出。さすがでした。

 15歳になった人魚姫は、竪琴を弾きながら海の上で美しい声で歌います。王子の乗った船が転覆し、人魚姫が王子を助けます。隣国の姫が介抱する時に目覚めるのは、いつもながらなんとタイミングの悪いことでしょう。  
 自分の尾ひれをながめ人間になりたい。2本の足で立ちたい。恋する王子のために。ひたむきな思いが踊りにあらわれていました。

 深海の魔女の海。暗黒。おどろしい赤黒いライト。魔女の声は先ほどの人魚姫の澄み渡る声の反対。低いが・ぎ・ぐ・げ・ご音。言葉のないバレエに生の声が吹き込まれ、質の高いミュージカルに変身。美しい声がバレエに組み込まれ目と耳と脳は気持ち良い。

 声のイメージに違わない魔女は、新国立劇場バレエ団プリンシバル マイレン・トレウバエフ氏。若いダンサーたちと一線を画し妖艶さを前面におどろおどろしく。しぐさがそうさせるのか?この魔女にかかると不幸になるのでは?人魚姫を止めなければ。誰もがそう思うくらい真に迫っていました。

 自分の尾ひれをながめ、2本のスラリとした足が欲しいと。せつない思いを抱く人魚姫。しかし、引き換えの声は王子と人魚姫を結ぶ大切なものなのに。

 深海にうごめくバイパーフィッシュ、ウツボ、チョウチンアンコウ、スケールワーム、コウモリタコ、ウミグモ、ラブカ、など、海の図鑑をひも解かないと出てこない生き物たち。衣装の独創性は言うにまでもなく、ていねいにそれらしく振付けるのにはおそらく多大な時間を費されたことでしょう。コルサレフのシェヘラザード第一楽章「海とシンドバットの船」を使用したと明かされ、ぴったりしっくりする曲探し旅。たいへんな動力に頭が下がりました。

 人魚姫は望みどうり王子のそばへいけても、本当のことを伝えることが出来ないジレンマに苦しめられます。心がちくちく痛む時間の長いこと。姉たちが苦労して手に入れた短剣も海に捨て、自らも海の藻屑となって・・・。

 天国への階段をのぼりゆくときは、シルフィードたちの白い衣装がまぶしく優しく人魚姫を包み込みます。悲しい結末には、浄化された白が良く似合いました。

 海の青、深海の暗黒、陸の土、豪華な宮殿、白無垢の天国の階段。それぞれに合わせた衣装が洗練されたダンサーたちの動きを一層引き立たせていました。生声の効果音は、余韻となり今でもはっきり耳に残っています。人魚姫の可憐な踊りの魅力と重なり物語の悲しさを一層増すことになりました。何度見ても楽しい人魚姫の新しいキャラクターたち。ロブスターやヒトデたちのからみは笑いを誘い、一服の清涼剤。一年間の猛練習は、彼らを決してを裏切らない、すばらしい出来栄えとなっていました。

 ブラボー。

 生オーケストラ、衣装、ダンサー、照明、舞台背景など、どれが抜けても「人魚姫」は語ることができません。年に一度しかバレエに接することがないわたしです。地主薫バレエ団のこの一年の飛躍は言葉で言い尽くすことはできません。

 最後に。私たちの席の前に親子づれが座っていました。お母さん、おねえちゃん、3歳くらいの男の子。その男の子が、休憩時間に、ダンサーを真似て、片手を上げてしきりに姿(しな)を作って背中を反らせているではありませんか。何度も何度も。わたしが語るより子供たちの反応がその出来栄えのすばらしさを物語っているのではありませんか?

 未来のプリンシバル候補がそこにいました。

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