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2012/11/14

ぼくの村は戦場だった

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 「あの日戦闘機が来て、5階建てのアパートを空爆した。お母さんが庭に出た時、爆弾が落ちた。僕はみなかったけれど、お母さんの頭には穴が開いていた。おばあさんが掃除をしたけれど、猫が飛び散った血をなめたんだ。犬も寄ってきて、落ちていた脳を食べたんだ。」(ロシア連邦とチェチェン共和国)

 山本美香著 「ぼくの村は戦場だった」 マガジンハウス を読みました。

 2012年8月20日、ジャーナリストの山本美香さんが、内戦状態にあるシリアのアレッポで銃撃戦に巻き込まれて死亡したニュースは、記憶に新しく衝撃的でした。 

 アフガニスタンのタリバンの暴挙、ウガンダのでの内戦、チェチェンの独立問題、コソボの紛争、イラクのその後等、戦場からの叫びは、山本さんの決死の覚悟とその目やカメラ映像を通して、また、現地の子供や、女性、老人のインタビューを通して伝わってきました。


 「こんな荒涼とした世界でも明日はやってくる。明日をつないでいけば、未来につながるのだろうか?廃墟の中で暮らす老人や子供たち。目をつぶればその姿は見えない。でも彼らは確かにそこで生きている。」

 「ハエがまとわりつき、蛆虫が押し寄せる。そんないやな夢で目が覚めた。体に染み付いた死臭がどうしても取
れない。洗っても洗っても私につきまとう。怒り、憎しみ、苦しみ。無念の思いが毛穴の奥にこびりつき、ふとした拍子に滲み出てくる。これから何年たっても忘れることはないだろう。忘れることはできない。しかし、私の受けた衝撃はいつの日か薄れる。けれども、彼らはこの場所に暮らし続けなければならないのだ。肉親を奪われ、家を焼かれ、心を破壊された土地にこれからもずっと。」
 
 
 
 「国、政府、権力者・・、大きな力が働く時、仔細なことは忘れ去られ、ないがしろにされていく。弱いものはきりすてられ、存在すら消されていく。だからこそ、不利な立場の攻撃される側の現状を伝える意義があると考えた。」

 「映像の持つ衝撃性や臨場感に頼るのでなく、足で稼ぎ考えていく本来の手法を見失わなければ、進歩の波に呑み込まれることはないだろう。こうして紛争地で出会った人々の姿を活字に残したいと望んだのもそんな思いからである。」

 
 明日からなにかそれによって変わることがないかもしれないけれど、伝えていかないと何も始まらない、山本さんの一番伝えたかったことかもしれません。日本の豊かな生活の中で、私たちは、自分のこと、家族のこと、周りの些細なことに神経をすり減らしています。

 自分のからだや季節の養生のことを考えることができる しあわせ を何度も感じました。

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