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2012年11月

2012/11/23

頭を濡らす?

 「えっ?頭を濡らすの?」

 首が詰まってがまんができないと芸人のOさん(27歳)が来院されました。顔色が悪く、テレビに映る普段の元気がないように見えました。

 後頚部のつっぱりと首を左にまわすのがつらいようでした。カルテを見て、夜にお風呂に入っているし問題はないと判断。しかし、脈を診るとかすかに浮緩。「あれっ?風邪をひいているみたいだけれど、頭痛や目の奥の痛みはないですか?」

 「いつもあります。」

 「髪の毛のセットはどうしますか?」

 「朝、頭を濡らします。」

 「地肌も濡れる?」

 「私の息子には、子供の時から、寝ぐせがついたら蒸しタオルを作って頭にのせることを教えています。頭を濡らすと、朝シャンと同じで風邪を引きやすくなりOさんの今の症状になりますよ」

 風邪の治療をすると、後頚部の詰まり感と目の奥の痛み、頭痛はなくなりました。キョトンとしたOさん。

 「首に針を何本も打たれると思って来られたでしょう?Oさんの首のツッパリの原因をお話を伺いながら探していました。残った左に首がまわせない原因は、夜食です。舞台が終わって帰って食べる夕食が10時すぎでは左に首や肩がこってまわりにくくなります。舞台の前、早い夕食が食べれたらいいのですが・・・」

 「ときどき、午前2時ごろ丼を注文して食べることもあります」と言う言葉をきいて、顔色の悪さや風邪を引きやすいことの理由がわかりました。

 Oさんの生活事情は、現代の若者の典型的な生活といえるでしょう。いつも肩、首のツッパリや頭痛が付きまとうという。加えて、胃の調子が良くない。その理由を十分理解した上でどうするかはOさん次第です。

 「今後益々のご活躍をお祈りしています」と言うと、ニッコリして帰っていかれました。

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2012/11/14

ぼくの村は戦場だった

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 「あの日戦闘機が来て、5階建てのアパートを空爆した。お母さんが庭に出た時、爆弾が落ちた。僕はみなかったけれど、お母さんの頭には穴が開いていた。おばあさんが掃除をしたけれど、猫が飛び散った血をなめたんだ。犬も寄ってきて、落ちていた脳を食べたんだ。」(ロシア連邦とチェチェン共和国)

 山本美香著 「ぼくの村は戦場だった」 マガジンハウス を読みました。

 2012年8月20日、ジャーナリストの山本美香さんが、内戦状態にあるシリアのアレッポで銃撃戦に巻き込まれて死亡したニュースは、記憶に新しく衝撃的でした。 

 アフガニスタンのタリバンの暴挙、ウガンダのでの内戦、チェチェンの独立問題、コソボの紛争、イラクのその後等、戦場からの叫びは、山本さんの決死の覚悟とその目やカメラ映像を通して、また、現地の子供や、女性、老人のインタビューを通して伝わってきました。


 「こんな荒涼とした世界でも明日はやってくる。明日をつないでいけば、未来につながるのだろうか?廃墟の中で暮らす老人や子供たち。目をつぶればその姿は見えない。でも彼らは確かにそこで生きている。」

 「ハエがまとわりつき、蛆虫が押し寄せる。そんないやな夢で目が覚めた。体に染み付いた死臭がどうしても取
れない。洗っても洗っても私につきまとう。怒り、憎しみ、苦しみ。無念の思いが毛穴の奥にこびりつき、ふとした拍子に滲み出てくる。これから何年たっても忘れることはないだろう。忘れることはできない。しかし、私の受けた衝撃はいつの日か薄れる。けれども、彼らはこの場所に暮らし続けなければならないのだ。肉親を奪われ、家を焼かれ、心を破壊された土地にこれからもずっと。」
 
 
 
 「国、政府、権力者・・、大きな力が働く時、仔細なことは忘れ去られ、ないがしろにされていく。弱いものはきりすてられ、存在すら消されていく。だからこそ、不利な立場の攻撃される側の現状を伝える意義があると考えた。」

 「映像の持つ衝撃性や臨場感に頼るのでなく、足で稼ぎ考えていく本来の手法を見失わなければ、進歩の波に呑み込まれることはないだろう。こうして紛争地で出会った人々の姿を活字に残したいと望んだのもそんな思いからである。」

 
 明日からなにかそれによって変わることがないかもしれないけれど、伝えていかないと何も始まらない、山本さんの一番伝えたかったことかもしれません。日本の豊かな生活の中で、私たちは、自分のこと、家族のこと、周りの些細なことに神経をすり減らしています。

 自分のからだや季節の養生のことを考えることができる しあわせ を何度も感じました。

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2012/11/09

シンガポールにない

 「そんなところ何処にありますか?]

A子さん(30歳OL)は、アトピー性皮膚炎ではり治療に来られていました。先日数年ぶりに来院されました。顔のアトピーはきれいになって見違えるようでした。現在転職してシンガポールで働いているとのこと。

 彼女は、慣れないシンガポール生活の中、アトピーの痒みやからだの不調のたびに、はり治療院を探したそうです。行くところ行くところ、肩や腰にはりを打たれるばかり。脈や舌をみて治療をしてくれる先生がいないか、現地の知人に聞いてまわりました。

 「そんなところ何処にありますか?あったら私も行きたい。」「日本の大阪、心斎橋というところにあります」

 A子さんが初めてはり治療を受けたのがベーネ治療院です。はり治療は、脈や舌を診てからするものだと思っていたそうです。シンガポールも同じだろうと思って受けたら、治療後のからだの開放感や心地よさがまったく異なることに気づいたといいます。今、探しても見つからないものが、かつては自分の身近なところにあったと、シンガポールの空から思い出してくれていました。     

 「A子さん、日本でも脈や舌を診て治療するところは数が少ないです。こと脈診に至っては、伝承されている脈診法にめぐり合い、また、それをマスターするのがとても難しいのです。」

 「一つ残念なことは、養生ブログを見ているのだけれど、シンガポールの気候と日本の気候が異なるので参考にできないこと」と語るA子さん。また数年後帰国した時に、はり治療を受けにきますという言葉を残して帰られました。

 ベーネ治療院に、赤道直下の国、シンガポールの爽やかな風の余韻が残りました。

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2012/11/02

Wシリーズを制覇した米ジャイアンツの鍼灸師

 もぐさの香りが漂う。身長2メートル近い野球選手たちが神妙な顔をしてベットに横たわる。目を凝らして見れば、腕や足腰の針が置針されている。 米サンフランシスコのジャイアンツ球場の一室。

 11月1日の朝日新聞朝刊「ひと」の欄に、Wシリーズを制覇した米ジャイアンツの鍼灸師、小川波郎さんのことが掲載されました。私には見慣れた風景。患者さんが足腰を故障したジャイアンツの選手たちの違いはあるかもしれませんが。小川さんは、選手たちからの信任は厚く2年ぶりのWシリーズの優勝を影から支えました。

 かれは、中高時代サッカーに明け暮れ腰痛に苦しめられました。それを治してくれたのが鍼灸との出会い。そして、社会人を経て鍼灸の道へ。社会人野球のトレーナーを勤めた後、米大リーグ24球団すべてに履歴書を送ったといいます。2008年からジャイアンツに雇われました。

 自らの経験から出発したかれの患者に対する思いは、きっとチームの選手たちに伝わったことでしょう。イエスかノーかの結果を求められる厳しいプロの世界に、東洋思想の色濃い鍼灸が入りこめたのは理由があると思います。故障した箇所を治すために、患部から遠い手足の穴に針を打つ。たちどころに痛みが取れる。東洋のマジックを見せつけられたら、熱いお灸も少々の針の痛みもがまんできるのだと思います。プロの野球選手だけでなく、私が毎日見ている患者さんもまたそれではり治療に来てくれるのだと思います。

 10月31日、サンフランシスコの目抜き通りを仲間の選手たちと優勝パレードをするという小川さん。かれの日々の努力とその思いは、優勝という結果がでました。おめでとうございます。

 同じ鍼灸の道を歩む私に出る結果といえば、痛みが楽になった後の患者さんの笑顔、というところでしょうか?
  

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