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2011年2月

2011/02/23

モチュベーション フィギュアスケート高橋大輔

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 先日台北で行われたフィギュア四大陸選手権、男子シングルで高橋大輔選手が優勝しました。注目の4回転ジャンプは尻もちをついたものの、その後の演技は観衆をひきつけるには十分な内容でした。

 彼は、一昨年膝の大手術後、脅威のリハビリを行いカムバックをはたしました。バンクーバー五輪で銅メダル獲得。情感あふれる演技を記憶している人も多いと思います。そんな彼は、五輪後引退しようと考えていました。競技生活を続ける資金や肉体維持、なによりモチュベーションが下がったことなどがありました。ソチ五輪までの道のりは、はるか遠くに感じたことでしょう。

 この間、彼は、世界的バレエダンサー熊川達也さんに相談に行きました。

 モチュベーションを上げ続けるにはどうすればいいのか?

 おなじように膝の手術を克服し、第一線で活躍している熊川さんと話をすることで、自分から結論を出したようです。今季グランプリファイナル4位、全日本選手権3位と安定を欠いた後、今回の4大陸選手権は堂々の結論でした。それは、勝つことは、守るのではなく、自信をもって滑る。限界は自分で作っているもので、自分を超える。モチュベーションがなければ自分を追い詰める。

 高橋選手のモチュベーションを上げ続ける事、わたしはどうだろうと考えました。

 時には波にのり、時には逃げ出したくなる。個人競技に似て、これでいいと思うと進歩は止まり、上を目指したいと思うと進んでいるのかわからない。一年前と比べて少し進歩したかなぁ。患者さんの生命力(胃の気)をどう増やしたらいいのか?が焦点になります。この一点のために、毎日針治療をしています。

 高橋大輔選手の、3月東京で行われる世界選手権の活躍を見守りたいと思います。

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2011/02/17

深夜特急

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 「旅をするのは、人の親切にすがっていく部分があるけど、疲労困憊してくると、人の親切がうまくうけいれられなくなるんですね。わずらわしくて。たとえば、バスでタバコをすすめられたり、食堂で会った人が食べ物を半分分けてくれる。ところが、だんだん肉体的な疲労がたまってくると、人を拒絶するようになって、その果てに人に対しても自分にたいしても無関心になって、どうでもいいじゃないか、たとえ死んでもかまわないじゃないか、と思ってしまう。」

 「自分に無関心というと超越的な何かをイメージするかもしれないけれど、そうじゃなくて単純な肉体疲労なんですね。」

 「死んでもいい、生きる必要なんかないんじゃないか、と思っていても、疲労が癒されると、やはりバスで前へ進もう、となる。」


 沢木耕太郎著「深夜特急3」インド、ネパール編 新潮文庫 を読みました。

 彼は26歳の時、仕事をやめてバスでロンドンまで行くことを計画しました。香港、マカオ、タイ、インドネシアからインドのカルカッタに入りました。半年の計画が、香港で数ヶ月、インドで数ヶ月滞在、バスと汽車で乗り継ぎながらより道を繰り返しているところでした。バスの移動は過酷で、病気になれば宿で寝ているだけということもありました。私は、冒頭の文章を読んだ瞬間に頭に電流がはしりました。

 今から30年前の旅の話のどこに?

 バスの旅を人生の旅に置き換えた時に同じことが起こっていると思いました。

 彼は、単純に肉体疲労と言い切りましたが、そこには、こころと肉体に微妙な関係も含んでいると思います。肉体疲労などは、はり治療で寝ているだけよりも数倍はやく回復する事実を知っています。こころもそれに伴って回復していくことも経験しています。

 人生の旅の中で前へ進むために、はり灸も一役かっていることに対して電流が走ったのかもしれません。

 最後に、「三島由紀夫が、肉体を鍛えていれば太宰治も自殺しなかったかもしれないというようなことをいいました。僕は、怠惰とか倦怠の80-90パーセントは、肉体的に健康で疲労がとりのぞければ消えてしまうのではないか、と言い切りたい。」

 インド、ネパールを歩き回った末の沢木耕太郎さんの結論でした。

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2011/02/09

涙のわけ

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 すいな治療(中国の医療マッサージ)を終えた後、A子さんの顔に赤く泣き腫らしたあとがありました。なぜ泣かれたのかそのとき分かりませんでした。

 新患のA子さん34歳は、胃の不調を訴えて来院されました。ひととおりの問診を終えて針治療をしょうとした時です。「先生、わたしはB型肝炎です」と言ってくれました。聞けば、出産時に母親からウイルス感染してまだ発病していないということでした。そこで、鍼を刺すことを思いとどまり、夢分流の打鍼術(鍼を刺さない)で腹部を調整しすいな治療に切り替えました。

 すいなをしている時にいろいろな話をしました。思いつめやすい性格の彼女には、気持ちがほぐれるようにと気をつけました。「婚活もそろそろ考えてね」「運動も歩くところからやってみて下さい」

 胃腸がスムーズに動くように胃を伸ばす体操や開脚のストレッチを自分でもできるように教えました。

 
 数日後、2月4日の朝日新聞夕刊の記事を読んでA子さんの気持ちがすこしわかりました。

 B型肝炎訴訟原告20代女性の手記と題する文章は、そのままA子さんに重なりました。記事には、発病への不安や周囲の偏見におびえ苦しんできたこと。一般的な日常生活で感染する恐れは無い、にもかかわらず、感染を理由に就職や結婚を断られたり、学校、職場で差別的な扱いを受けた人も多く、いまだ、正しく理解されていないと感じる。「自分にできることは、勇気をだしてかたること。」と結ばれていました。

 A子さんの流した涙のわけはわかりません。深い思いを酌む事も出来ませんでした。
 

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2011/02/02

汗をかいてはいけない?

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 禁を犯して汗をかきました。冬場はスポーツをして汗をかくことはいけない。かいた汗が寒風に凍るということで。

 ゆっくりアップをして体を温め、バレーボールを1時間。身体もほぐれスッキリしたので、クールダウンをして早めに切り上げ、上下ウインドブレーカーを着て帰りました。

 家について夕食を作っていると、暖房をかけているのに温もらない自分に気がつきました。運動後の活気は消え、今度は血管収縮のブルッとした寒さがやってきました。気をつけて汗をかくまでがんばらなかったのになぁと思ったのもつかの間。筋書きどうりの頭痛と項頚痛がやってきました。何枚も重ね着をしてもあとの祭りでした。脈をみると、浮緊の麻黄湯(まおうとう)症。皮膚表面に寒い冷えが入ったことがわかりました。

 すぐに麻黄湯を倍量温かいお湯で飲み、手の合谷穴に浅い部分に冷えを抜く針をしました。鶏がらスープにねぎと生姜を足して熱々にしてのみました。頭痛と寒気が減少。風呂に入る前に、もう一度麻黄湯を飲み湯にゆっくりつかって風邪の冷えをぬきました。風呂上がりに三度目の麻黄湯を飲み、合谷穴に鍼。洗髪したため、風池穴も足しました。頭痛が最後まで残ったからです。

 一時間のバレーボールが5時間もの風邪との攻防。全く割りに合いません。寝るときに背中にタオルをあてて寝たのは言うまでもありません。

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